ヴォーリズを支えた人~吉田悦蔵さん~
2025年09月08日
ヴォーリズを語るとき、欠かせない人物がいます。吉田悦蔵さん🤗
近江兄弟社の創立者のひとりであり、ヴォーリズの“右腕”とも言える存在です。
けれど、最初からそうだったわけではありません。
吉田さんがヴォーリズと出会ったのは、滋賀県立商業学校の生徒だった14歳のとき✨
英語教師として赴任してきたヴォーリズに感化され、聖書研究会に通うようになり、その年のうちに洗礼を受けてクリスチャンになりました。
卒業後は進学を考えていたそうですが、ヴォーリズが学校を解雇されて近江八幡に残る決意をしたとき、その熱意に打たれて、自分も残ることを選びます。
1907年3月のことです。多分16歳、簡単に自立できる年齢ではありません。
吉田さんは、母・柳子さんに「もう1年だけ仕送りをしてほしい」と頼み、その学費をヴォーリズとの共同生活に充てました。
この1年の仕送りはとても貴重なものだったと思います。
母・柳子さんもまた、印象深い方です。
もともとは熱心な仏教徒で、近江ミッションに仏壇を持ち込んだというエピソードも残っています😊
でも、やがてクリスチャンとなり、東京の聖書学校で学び、ミッション活動に加わりました。
ヴォーリズからは「マザーヨシダ」と呼ばれ、非常に敬われていたそうです。
吉田さんの奥様・清野さんも、婦人教育に力を注いだ方でした。
1935年には自宅で「近江家政塾」を始め、翌年には自宅の隣に専用の建物を建てて活動を広げました。
ご夫婦それぞれが、自分の役割を持ちながら、地域に根ざした活動を続けていたことがわかります。
吉田さん自身は、ヴォーリズとともに建築事務所を立ち上げ、伝道活動を広げ、メンソレータムの販売にも関わり、教育事業にも力を入れました。
吉田さんの歩みは、ご家族の支えがあってこそ続けられたものだと思います。
次回は、そんな吉田家の建物や、近江家政塾の空間についても少しずつ触れていけたらと思います。
なお、ここで書いたことは、以前読んだ書籍や見学の際のパンフレット、ガイドさんの説明、インターネットで見かけた情報などをもとに記載しており、事実と異なる部分があるかもしれません。あくまで個人の記憶や印象に基づくものであり、正確な情報については各資料や関係機関の公式発表をご参照ください。
