吉田悦蔵邸
2025年09月13日
今回は、滋賀県近江八幡市にある吉田悦蔵邸をご紹介します。
1913年(大正2年)、吉田悦蔵さんの住まいとして建てられた、ヴォーリズ建築最初期の住宅です。
吉田悦蔵さんは、ヴォーリズが八幡商業学校で英語教師をしていた頃の教え子。
その後ヴォーリズとともに働き、ヴォーリズ合名会社の創立メンバーとなり、近江兄弟社の設立にも関わりました。
この住宅では、ヴォーリズの指導のもと、吉田さん自身とチェーピンさんが製図を担当しています。
外観で目に入る大きな腰折れ屋根は、途中で勾配が変わっています。ダッチ・コロニアル様式を取り入れた住宅です。
窓には格子が入り、建具や金具にはアメリカ製のものが多く使われています。
内部は洋室だけではなく和室も設けた和洋折衷の間取り。アメリカの住宅様式を取り入れながら、日本で暮らすための部屋も一緒に収められています。
吉田悦蔵邸は、吉田家が暮らすためだけの住宅ではありませんでした。
建築後約30年にわたり、住居のほか、ゲストハウス、モデルハウス、家政塾などとしても使われています。
ヴォーリズたちが取り入れたアメリカ式の住宅や生活を、実際の建物の中で見ることができる場所でもありました。
モデルとして見せるためだけにつくられた家ではなく、そこでは吉田家が実際に生活していました。
その住宅を使って、新しい住まい方も伝えていました。
家政塾に関わったのが、吉田悦蔵の妻・清野さんです。
近江家政塾では、女性を対象に家事や生活についての教育が行われました。
その場所として吉田悦蔵邸も使われています。
住宅の内部には、衛生面や家事の効率を考えたアメリカ式の生活様式が取り入れられていました。
建築された住宅を見本として使い、その中で実際の暮らしについて学ぶ。
吉田悦蔵邸がモデルハウスと家政塾という二つの役割を持っていたことが、ここでつながります。
洋風住宅の吉田悦蔵邸には、茶室もあります。
本館とは別に建つ木造平屋建ての茶室で、日牟禮八幡宮にあったものを移築したものです。
数寄屋風の意匠をもつ建物で、現在は本館とともに滋賀県の指定有形文化財となっています。
さらに文化財として残されているのは建物だけではありません。
煉瓦塀。設計図面4枚。家具23点。
これらも本館や茶室とともに文化財として指定されています。
住宅の外観だけではなく、そこで使われた家具や、建物をつくるために描かれた図面まで残っています。
※建物に関する情報は、近江八幡市、びわこビジターズビューロー、吉田悦蔵邸公式資料等をもとに確認していますが、資料による表記や年代の違い、その後の調査等により内容が変更されている場合があります。また、掲載写真は撮影当時のもので、現在の建物・家具・展示内容等とは異なる場合があります。
