ヴォーリズ初めての建築
2025年09月18日
今回は、滋賀県近江八幡市にあるアンドリュース記念館をご紹介します。
1907年(明治40年)に建てられた、ヴォーリズが日本で最初に設計した建物です。
当初の名前は「八幡基督教青年会館」。いわゆるYMCA会館として建てられました。
ヴォーリズが英語教師として近江八幡へやって来たのは1905年。まだ建築家として活動を始める前のことです。
そのヴォーリズが近江八幡で建築へと踏み出す、その最初の一棟となりました。
建物の名前になっているのは、ヴォーリズの大学時代の親友、ハーバート・アンドリュースさんです。
アンドリュースさんは、ヴォーリズが近江八幡で行っていたYMCA活動を支援していました。
しかし、来日を前に病気で亡くなります。
その後、アンドリュースさんのご両親から寄せられた資金をもとに建てられたのが、この会館です。
友人の名を残すため、「アンドリュース記念館」と呼ばれるようになりました。
現在のアンドリュース記念館は、白い壁に赤い瓦屋根を載せた2階建ての建物です。
しかし、1907年に完成した当初から、この姿だったわけではありません。
竣工当初は木造2階建てで、正面には大きな切妻屋根。その上には小さな塔がありました。
建物はその後、1935年(昭和10年)に大きく改築されました。この改築もヴォーリズ建築事務所によるものです。
館内には暖炉があります。その上には、「GOD IS LOVE」の文字。「神は愛なり」という意味で、新約聖書「ヨハネの手紙一」の言葉です。
この言葉は、アンドリュース記念館だけに残されているものではありません。
近江八幡にあるヴォーリズ記念館の暖炉にも、聖書の言葉が掲げられています。
アンドリュース記念館では、建物そのものだけではなく、ヴォーリズたちがこの場所を何のために使っていたのかを伝えるものも室内に残されています。
八幡基督教青年会館では、聖書研究や英語教育などの活動が行われました。
ヴォーリズを中心に始まった活動は、その後「近江ミッション」へと発展していきます。
近江八幡だけでなく、滋賀県内の各地へ活動が広がり、教会や学校、病院などもつくられていきました。
※建物に関する情報は、近江八幡市、近江八幡観光物産協会、近江兄弟社等の公開資料をもとに確認していますが、資料による表記や年代の違い、その後の調査等により内容が変更されている場合があります。また、掲載写真は撮影当時のもので、現在の建物・内部の状況等とは異なる場合があります。
