ハイド記念館

2025年09月21日

ハイド記念館

今回は、滋賀県近江八幡市にあるハイド記念館をご紹介します。

 

近江兄弟社学園の敷地内に建つ、ヴォーリズ建築事務所設計の建物です。

1931年(昭和6年)に「清友園幼稚園」の園舎として建てられました。木造2階建て。

現在はハイド記念館と呼ばれていますが、もともとは子どもたちが毎日を過ごす幼稚園でした。

 

ハイド記念館の建設には、アメリカの実業家アルバート・アレキサンダー・ハイドさんからの寄付が使われました。ハイドさんは、メンソレータム社の創業者です。ヴォーリズは近江八幡で建築活動を行う一方、近江兄弟社を通してメンソレータムの製造販売にも携わっていました。そのつながりをもつハイド夫妻からの寄付によって建てられたことから、現在の「ハイド記念館」という名前があります。

建物の隣には、同じ1931年に建てられた教育会館があります。

こちらもヴォーリズ建築事務所の設計です。

 

玄関を入ると、かつて幼稚園として使われていた建物であることが各所に残っています。廊下には小さな子どもたちに合わせた高さの設備。保育室には暖炉が設けられ、窓から光が入ります。

室内には木が多く使われています。

現在は展示施設として使われていますが、もとの園舎のつくりそのものを見ることができます。そして、この建物には小さな椅子や机など、当時の幼稚園に関係する資料も残されています。

 

清友園幼稚園に深く関わったのが、ヴォーリズの奥さんである一柳満喜子さんです。満喜子さんはアメリカのブリンマー大学で学び、帰国後は幼児教育に携わりました。ヴォーリズとの結婚後、近江八幡で幼児教育を始め、清友園幼稚園へとつながっていきます。

 

清友園幼稚園の園舎として建てられた建物は、その後も長く使われました。

2000年(平成12年)、幼稚園舎としての役割を終えます。

その後、保存改修工事が行われ、2003年(平成15年)に「ハイド記念館」として開館しました。

同じ敷地にある教育会館とともに、2000年には国の登録有形文化財となっています。

現在の館内には、W.M.ヴォーリズや一柳満喜子さん、近江兄弟社に関係する資料が展示されています。

 

※建物や展示に関する情報は、近江兄弟社学園、近江八幡市、文化庁等の公開資料をもとに確認していますが、資料による表記の違いや、その後の調査等により内容が変更されている場合があります。また、掲載写真は撮影当時のもので、現在の建物・展示内容・公開状況とは異なる場合があります。見学の際は最新の公式情報をご確認ください。

※ハイド記念館はこちらでも紹介しています