滋賀県立八幡商業高校
2025年10月21日
今回は、滋賀県立八幡商業高等学校のご紹介です。
近江八幡には数多くのヴォーリズ建築が残っていますが、こちらは今も高校の校舎として使われている建物です。
そしてここは、ヴォーリズと近江八幡との始まりにつながる場所でもあります。
1905年(明治38年)、24歳のヴォーリズは英語教師として滋賀県立商業学校に赴任するため、近江八幡へやって来ました。
その学校が、現在の八幡商業高校です。
現在の本館が完成したのは、それから30年以上が経った1938年(昭和13年)。設計を手がけたのは、ヴォーリズ建築事務所でした。
ヴォーリズが最初に教壇に立った校舎そのものではありませんが、教師として赴任した学校に、後に自身の建築事務所が設計した校舎が建つことになります。
現在の本館を正面から見ると、まず目に入るのが中央に立ち上がる塔。
その左右に長い校舎が伸びています。
華やかな洋館とは少し違いますが、中央部分へ近づいて見ると、入口まわりや窓、壁面には細かな意匠も見つかります。
そして中央の塔には時計。
学校の時計塔というだけでも目を引きますが、この時計には少し面白い歴史があります。
もともと塔に取り付けられていた時計は、近江八幡の時計店から寄贈されたもの。
長く生徒たちに時を知らせていましたが、老朽化によって動かなくなりました。
現在の時計は、卒業生たちによって復元されたものです。
建物を残すだけでなく、そこにあった学校の風景まで受け継がれています。
校舎の中にもヴォーリズ建築らしい部分があります。
廊下には大きな窓が並び、教室へ光を取り込むつくり。階段や手すりなど、毎日生徒たちが使う場所にも当時の姿が残されています。
ヴォーリズは学校建築を数多く手がけています。
見栄えのする建物をつくるだけではなく、光や風を取り入れ、そこで長い時間を過ごす人が使いやすいこと。
住宅とは規模も用途も違いますが、「人が過ごす場所」として建物を見ると、学校にも同じ考え方を探すことができます。
そして八幡商業高校の場合、もうひとつ面白いのが、この校舎が博物館になっているわけではないこと。
1938年に建てられた校舎で、今も生徒たちが学んでいます。
近江八幡の街を歩いてヴォーリズ建築を巡っていると、教会があり、住宅があり、かつての郵便局や商店があります。
そこに、ヴォーリズが近江八幡へやって来るきっかけとなった学校もある。
近江八幡にヴォーリズ建築がたくさん残っていることを知ってからこの校舎を見ると、少し特別な一棟に見えてきます。
※建物については、学校・滋賀県等の公開資料を参考にしています。記載内容は資料および撮影時点の情報をもとにしており、その後の改修等により現在とは異なる場合があります。
