関西学院大学時計台

2026年05月25日

関学時計台

今回は、関西学院西宮上ケ原キャンパスの時計台をご紹介します。

 

1929年(昭和4年)、関西学院が神戸・原田の森から西宮上ケ原へ移転した際につくられた建物です。設計はヴォーリズ建築事務所。

現在は大学博物館として使われていますが、もともとは図書館として建てられました。

白い壁と赤い瓦屋根、その中央から立ち上がる時計塔。

関西学院を象徴する建物ですが、まずは少し離れたところから見てみたい建物です。

 

正門からキャンパスへ入ると、中央芝生の先に時計台、そのさらに後ろに甲山が見えます。

キャンパスを計画する際、ヴォーリズは甲山の山頂へ向かって軸線を設定しました。その線上に正門、中央芝生、時計台、そして甲山が並んでいます。時計台の後ろにたまたま山が見えているのではなく、甲山まで含めてつながる景色です。

 

現在は時計台と呼ばれていますが、1929年の竣工時にはまだ時計はありませんでした。建物の用途は図書館。しかも、図書館がキャンパスの中央に置かれたことにも意味がありました。当時、正門から見て右側には神学部や文学部など、左側には高等商業学部などが配置され、その両方をつなぐ位置に図書館が置かれました。

 

時計台へ近づいたら、時計のすぐ下も見てみたいところです。

小さな四つ葉形の装飾が三つ並んでいます。「四つ葉飾り(quatrefoil)」と呼ばれる意匠です。

この形は時計台だけではなく、キャンパス内のほかの建物にも使われています。

一度見つけておくと、次の校舎でも同じ形を探すことができます。

 

さらに塔の上にはモザイクタイルを施した小さなドーム。その頂部には、関西学院のシンボルである新月を組み合わせたクロスが掲げられています。遠くから見ていた時計台へ近づくほど、小さな意匠が増えていきます。

 

建物の中へ入ると、現在は関西学院大学博物館になっています。1階ロビーから階段を上がった先にある2階展示室は、かつての図書館閲覧室。白く塗られた高い天井が広がっています。

外から時計塔を見ていると忘れてしまいそうですが、その下につくられたのは、学生たちが本を読み、学ぶための建物でした。

1955年には蔵書の増加に対応するため両翼を増築。

1997年に新しい大学図書館が完成するまで、長く図書館として使われました。

 

現在の姿からは想像しにくい時期もありました。

戦時中には正面の英文エンブレムが撤去され、鉄製の手摺も金属供出によって取り外されました。さらに建物は迷彩色に塗り替えられています。

 

現在は再び白い外壁となり、正面には関西学院のスクールモットー「Mastery for Service」を刻んだエンブレムが掲げられています。

 

※建物に関する情報は、関西学院、関西学院大学博物館、関西学院大学ヴォーリズ研究センター等の公開資料をもとに確認していますが、資料による表記や年代、その後の調査等により内容が変更されている場合があります。また、掲載写真は撮影当時のもので、現在の建物・内部・周辺の様子等とは異なる場合があります。