関学西宮上ケ原キャンパスの芝生広場
2026年06月01日
今回は、関西学院西宮上ケ原キャンパスを、建物ではなくその周りから見てみます。
1929年(昭和4年)、関西学院は神戸・原田の森から西宮上ケ原へ移転しました。
キャンパスの設計を手掛けたのはヴォーリズ建築事務所。時計台をはじめ、白い壁と赤い瓦屋根の校舎がつくられました。
けれど、ヴォーリズが計画したのは建物だけではありません。
校舎と校舎の間に広がる芝生。そこから見える時計台。さらにその後ろにある甲山。
建物と建物の「あいだ」も、このキャンパスをつくっています。
正門から入ってまず広がるのは、大きな中央芝生です。これだけ広い場所がありながら、その中央には建物がありません。校舎は芝生を囲むように配置され、その奥に時計台があります。
そのため正門から時計台までの視線を遮るものが少なく、空が大きく開いています。
建物が主役なら、もっと建物を大きく、目立つようにつくることもできます。上ケ原では、低く横へ伸びる校舎の間に広い芝生が残されています。建物を見るための余白そのものが、大きく取られています。
時計台編でも触れましたが、正門、中央芝生、時計台、甲山は一本の軸線上にあります。
ここで面白いのは、甲山がキャンパスの敷地外にあることです。ヴォーリズは敷地の中だけで景色を完結させず、もともとそこにあった山をキャンパスの風景に取り込みました。
時計台の後ろに甲山が見える。その景色を残すためには、建物をどこに置くかだけでなく、どこに置かないかも大切になります。
中央芝生の周囲を見ると、校舎の多くは低く横へ伸びています。
白い壁と赤い瓦屋根という共通点だけでなく、建物の高さや屋根の連なりによっても、キャンパス全体の景観がまとまっています。
その中から縦に立ち上がるのが時計台です。
高い建物をいくつも並べるのではなく、低い校舎の中に時計塔があることで、中央の位置が分かります。時計台一棟の形だけではなく、周囲の建物との高さの違いまで含めて見えてくる景色です。
もちろん、現在のキャンパスが1929年とまったく同じ景色というわけではありません。
建物が増え、木々も成長しています。
現在では中央芝生の周囲に大きな木が並び、建物と一緒にキャンパスの景観をつくっています。
年月が経つことで、建築当初にはなかった風景も加わりました。
それでも、中央芝生を大きく開け、その先に時計台と甲山を見る基本的な構成は受け継がれています。
西宮上ケ原キャンパスでは、その後も新しい校舎が建てられてきました。
その中で大切にされてきたのが、ヴォーリズがつくったキャンパスの景観です。
白い壁。赤い瓦屋根。建物の高さ。中央芝生。そして甲山への眺め。
歴史的な建物だけを保存し、その隣にはまったく違うものをつくるのではなく、新しい建物も既存の景観とのつながりを考えながら整備されてきました。
こうしたキャンパス景観の継承を含む取り組みは、2017年に日本建築学会賞(業績)を受賞しています。
※キャンパスおよび建物に関する情報は、関西学院、関西学院大学ヴォーリズ研究センター等の公開資料をもとに確認していますが、資料による表記や、その後の調査・整備等により内容が変更されている場合があります。また、掲載写真は撮影当時のもので、現在の建物・植栽・周辺の様子等とは異なる場合があります。
