覚王山に残る別荘「揚輝荘」

2026年10月04日

揚輝荘全体

名古屋市千種区の覚王山にある「揚輝荘(ようきそう)」は、松坂屋の初代社長・15代伊藤次郎左衛門祐民さんが、大正から昭和初期にかけて築いた郊外別荘です。

 

1918年(大正7年)に建築が始まり、その後およそ20年をかけて整備されました。

最盛期には約1万坪の敷地に30数棟もの建物が建ち、迎賓や社交の場としても利用されていました。

祐民さんは海外を訪れる機会も多く、揚輝荘には日本の伝統的な建築だけでなく、さまざまな国や地域の文化を取り入れた建物や意匠が残されています。

現在は北園と南園に分かれ、北園には伴華楼、三賞亭、白雲橋など、南園には聴松閣や揚輝荘座敷が残っています。

 

すべてが同じ時代、同じ様式で造られた建物ではありません。

移築された建物や増改築された建物もあり、それぞれに異なる来歴を持っているところも揚輝荘の特徴です。

現在、聴松閣、揚輝荘座敷、伴華楼、三賞亭、白雲橋の5棟が名古屋市指定有形文化財となっています。

 

かつて広大な別荘だった揚輝荘。その中に残る建物については、次回から一つずつ見ていきたいと思います。